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エージェンティックワークフローはブレイクスルーとなるか?—”思考の自動化”によって企業の業務設計が再定義される時代へ

Descarty Team

2025-03-24

エージェンティックワークフローはブレイクスルーとなるか?—”思考の自動化”によって企業の業務設計が再定義される時代へ

エージェンティックワークフローはブレイクスルーとなるか?

― “思考の自動化”によって企業の業務設計が再定義される時代へ

企業の業務自動化は、いま過渡期にあります。
RPAが「決まった作業の代行」、ジョブ管理システム(以下、ワークフローエンジン)が「定型タスクの順序実行」を担ってきた中、次に登場してきたのは“思考”そのものを構造化し、自動化するアプローチ──それがエージェンティックワークフローです。

このブログでは、単なるAIの活用ではなく、業務そのものの再定義につながるこの変化について、「業務設計」「PoC導入」「技術アーキテクチャ」などの観点から具体的に解説します。


“思考の自動化”という次の一手

かつて業務の中で「人間の手が必要」とされてきたのは、「考える」工程でした。
曖昧な判断、仮説の生成、情報の整理──これらは決定論的なルールで書き下せず、暗黙知として属人化していた領域です。

しかし、今、以下のような技術進展がその常識を覆しつつあります:

  • 大規模言語モデル(LLM)の推論力:情報の要約、仮説立案、意思決定の模倣
  • LangChain・CrewAIなどのフレームワーク:複数のAIエージェントによる役割分担と連携
  • ローカルLLMによる高速推論:現実的なレスポンスでの業務組込みが可能に
  • RAG・メモリ機構の普及:社内知識を前提としたカスタムLLM動作が実現可能に

これらを背景に、「曖昧な仕事をAIが“考えながら”こなす」という新しい業務設計の形が、今まさに企業の現場に迫っています。

「思考の自動化」とは何を意味するのか?

「思考の自動化」とは、単に人間の出力を模倣することではありません。 それは以下の4つの要素を、可観測かつ制御可能なプロセスとして機械に委譲することを意味します:

  • 1. 問題の同定(問題空間の定義):「何を解くべきか」を構造的に捉えなおす
  • 2. 仮説形成(戦略空間の探索):制約条件や目的に対して、どのような道筋が考えられるか
  • 3. 推論と選択(意味空間での理由付け):文脈と知識を基に、「なぜこれが最適か」を判断する
  • 4. 実行とフィードバック(知識への還元):出力の妥当性を評価し、次の試行にフィードバックする

このプロセスを“暗黙知”のまま人間が持ち続けていたのがこれまでの業務です。 そして今、これら4つのフェーズをLLMとエージェントによって可視化・記録・再現可能にする──それこそが「思考の自動化」の本質です。

この意味において、「思考の自動化」は単なる作業効率化ではなく、企業が自らの判断構造を“形式知化”しうる道であるとも言えます。

つまり、属人化した判断が「ブラックボックス」である限り、業務プロセスは大規模に自動化できません。AIに“考えさせて、失敗を記録し、そこから学ばせる”というプロセスを構築することは、企業にとっての知的資本を外化し、圧倒的な生産性向上・競争優位につなげられる可能性を持ちます。


エージェンティックワークフローとは?

概要と構成要素

  • エージェント(Agent):目的に応じて自律的に考え、行動するAI
  • ツール(Tool):外部APIやファイル操作など、実世界との接点を担うモジュール
  • メモリ(Memory):過去の状態や対話履歴を保持し、文脈を継続するための記憶装置
  • フロー制御:条件分岐・ループ・例外処理など、プロセスの柔軟な流れを制御

決定的な違い

技術 主な特徴
操作層 RPA GUIの定型操作
流れ層 ワークフロー(Airflow等) 決定論的フロー制御
認知層 エージェンティックWF 非決定論的判断と試行錯誤を含む“思考の自動化”

エージェンティックワークフローで業務はどう変わるか?

1. 「業務設計」をAIに委ねる

従来:人間がルールを設計
これから:AIが業務フローを観察・仮説化・改善する

例:問い合わせ対応のテンプレートを、LLMが過去の履歴から再設計 → 自律的にナレッジベースを改善

2. 暗黙知の可視化と再利用

  • プロンプト、出力、判断根拠、使用ツールなどをログ化・再現可能に
  • 結果として 「組織の思考プロセス」が資産化される

3. “自己改善型ワークフロー”の実現

  • ワークフローがLLM自身の振る舞いを観察・修正しながら実行
  • 人間によるチューニングなしに、タスク遂行精度が向上していく

実際の業務でのユースケース

部門 活用例 備考
営業・マーケ 顧客調査+提案資料のドラフト生成 Web検索+PDF要約+構成提案
カスタマーサポート 問い合わせ要約→対応文案の作成→類似QA改善 Human-in-the-loopを維持
経理・法務 請求書・契約書の構造化と確認フロー GPTとルールベースのハイブリッド化
SRE 障害要因分析→再現手順の自動生成→復旧案提示 LangChain + ツールエージェント構成
人事 評価コメント生成→文脈確認→上司レビュー 評価軸との整合性確認含む

どのように導入を始めるべきか?—PoCから本番へ

1. 適した業務を選ぶ

  • 非定型だがパターンがある
  • 成果物の品質を人間が評価可能
  • ログやプロンプトが再利用可能

2. 小さく始める

  • LLMを1ステップだけ挿入して効果を観察
  • 人間の介入(レビュー、承認)を初期は必須に

3. 構成要素を可視化する

  • メモリ/ログ/プロンプトの記録
  • どのエージェントが何をしたか明示

4. KPIで継続評価

  • 再現率、幻覚率、レビュー削減率など
  • 人間の満足度や修正率も定量化対象に

技術アーキテクチャの観点から見る要件

エージェンティック対応ワークフロー基盤が求められる理由

必須機能 説明
メモリ選択の柔軟性 ベクトルDB・Graph DB・Key-Value DBをケースごとに選べる設計
プロンプトとLLMパラメータの管理 UIからの編集・バージョン管理・パラメータ設定(温度, max tokens等)
マルチエージェント構成 複数の専門エージェントを協調させる構造(LangGraph的表現)
履歴確認・デバッグ機能 非決定論的な実行における必須要素
RBACによる制御 各エージェントに対するリソースアクセス制御(外部API・社内DBなど)

MCPによるLLM連携の標準化とその可能性

エージェンティックワークフローが現実の業務に深く入り込むためには、LLMと外部システム(社内DB、SaaS、ツール類など)との連携が避けて通れません。
その中核技術として注目されているのが、Anthropicが提唱する MCP(Model Context Protocol) です。

MCPとは?

MCP(Model Context Protocol)は、エージェントが“社内の現実”とつながるための技術的な鍵です。

MCPは、LLMが外部のデータソースや機能にアクセスするための標準化された通信プロトコルです。
以下のような特徴があります:

  • LLM ↔ 外部ツールの双方向通信を定義
    LLMが必要な情報をMCPクライアント経由でリクエストし、MCPサーバーが外部データや機能を使ってレスポンスを返します。

  • JSON-RPCに基づいた軽量仕様
    汎用的な実装が可能で、Python、TypeScript、Java、GoなどのSDKが整備されています。

  • 状態やコンテキストを維持しながら対話可能
    ステートフルなやりとりが可能で、単なるAPI呼び出し以上に「意味ある会話」が可能になります。

なぜ重要か?

MCPのようなプロトコルが整備されることで、企業側は自社の業務システムやAPIをLLMの“思考対象”として AI エージェントに開放できるようになります。

従来のRPAやワークフローは「指示されたことを繰り返す」ものでしたが、
MCPを通じて AI エージェントが外部ツールと連携することで、以下のようなことが可能になります:

  • 顧客DBを参照して、「このケースではどう対応すべきか」をLLMが判断
  • 会計システムの履歴を調べて、経費分類の仮説を立案
  • 社内ナレッジベースから該当資料を取り出し、要約・比較・改善提案

エージェンティックワークフローの導入がもたらす恩恵

  • 人の判断を模倣するだけでなく、「思考の構造を外部化・資産化」できる
  • 定型化されていない“曖昧な業務”にも再現性をもたらせる
  • 人間とAIの協働設計(Human-in-the-loop)を起点に、高度な共創型業務が可能になる

活用におけるリスクと限界

エージェンティックワークフローは、可能性の大きな概念である一方で、いくつかの現時点での制約や注意点も存在します。
実用導入に向けては、以下のリスクを十分に把握し、PoCフェーズでの検証を行うことが重要です。

幻覚(ハルシネーション)と事実誤認

LLMの特性上、もっともらしい誤情報(いわゆる「ハルシネーション」)を出力する可能性があります。
とくに、データベースの内容や契約条項、業務手順などの「正解が明確な業務」では、人間によるレビュー(Human-in-the-loop)を前提に設計する必要があります。

組織との期待ギャップ

「AIに任せれば自動で賢くなる」という過度な期待が現場に広がると、導入直後のパフォーマンスやミスに対する不満が大きくなる傾向があります。
AIエージェントは 自律的なタスク実行者というより、“成長中のインターン” のように捉えるのが現実的です。

セキュリティと社内データの扱い

業務知識や判断材料として、社内の非公開情報(ドキュメント、DB、SaaSなど)をLLMに与える必要がある場面も出てきます。
この際には以下の観点が求められます:

  • オンプレ/VPC内でのモデル運用
  • RBAC(権限管理)やアクセスログの記録
  • プロンプトの出力検証による情報漏洩防止

MCPのようなプロトコルを活用し、「LLMに見せる情報の制御境界」を明確にすることで、これらのリスクを緩和できます。


おわりに:次の自動化は“委ねること”から始まる

「業務の正解をAIに教える」から「AIに考えさせて、それを評価する」へ。
この逆転こそが、エージェンティックワークフローの真価です。

もちろん、すぐにすべてを置き換える必要はありません。むしろ、人間の観察と修正があるからこそ、AIは改善できるのです。

日本企業特有の属人業務、文書化されていないナレッジ、ドキュメントレスな意思決定──こうした現実こそ、エージェンティックワークフローの適応余地が大きい領域です。

Descartyでは、"Dagu"をはじめとするOSS基盤を活用しながら、業務の「考える構造」自体の変革に取り組んでいます。

  • 少人数チームでのPoC設計・実行支援
  • プロンプト/LLMパラメータ管理UIの構築
  • 安全なクラウド・オンプレ基盤との接続
  • 自律的に判断する“エージェンティックワークフロー”の導入

「考えることを外に出す」。それが、これからの業務設計の起点になる時代です。


参考資料